レコードID
RB00020561
出版年
1795
別タイトル
1795년 박종악(朴宗岳) 준호구(準戸口)
著者
朴宗岳
参照形
朴, 宗岳||박, 종악
冊数
1
形態・版情報
1枚 ; 101.5×106.6cm
写刊の別
写
注記
文書
1795年(乾隆60、正祖19)、漢城府北部嘉會坊第四十四統第二戸(現在の鐘路区嘉會洞)に居住する大匡輔國崇祿大夫、行判中樞府事の朴宗岳(61歳、本貫は潘南)に対して、漢城府が発給した準戸口(戸籍証明書)。前回の戸口調査の式年である1792年(壬子)の例にならって発給された。判中樞府事は従一品で、実際の職務はない一種の名誉職。朴宗岳はこれ以前に右議政(正一品)であったのが、一等降格されたため「行」の字がついている。家族は妻の金氏(60歳、本貫は安東)、長男の幼學の晩壽(35歳)、その妻の高氏(29歳、本貫は濟州)、次男の幼學の星壽(34歳)、その妻の李氏(35歳、本貫は午峰)、三男の幼學の春壽(31歳)、その妻の申氏(32歳、本貫は平山)、四男の幼學の耆壽(26歳)、その妻の金氏(28歳、本通は安東)。長男の妻が金氏から高氏に変り、また四男は知壽から耆壽に改名している。本人と妻の四祖(父、祖父、曽祖父、外祖父)の名前と官位を記載する。朴宗岳は伯父の朴亨源の養子となったので、養父と実父の双方を記載。外祖父、金若魯(1694 - 1793、本貫は清風)は養父方であろう。潘南朴氏は羅州朴氏と同じ。その他、奴15名、婢22名の名前、年齢、父母の情報が記載されているが、<RB00020560>「1783年、朴宗岳準戸口」と較べると、婢の数が増えただけでなく、たとえば奴仁得の母の名が榮禮から英梅に変っているなど文字の異同がある。朴宗岳については<RB00020558>「1750年、朴相徳準戸口」参照。準戸口については、解説〈南原梁氏の準戸口(戸籍証明書)について〉参照。
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請求記号
河合文庫//441
登録番号
200048
作成年度
2017
リストNO
441
所蔵
京都大学附属図書館 Main Library, Kyoto University
コレクション
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